鎌倉材木座天王唄

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これが里の夏祭り、すなわち天王祭りの神輿渡御に謡う天王唄として取り入れられるようになり、永い間すたれることなく今なお愛誦されています。

のちの貞永元年、執権北条泰時の頃には、飯島の磯に抱かれた浦に築港された和賀江嶋は、海路諸国から潮によって運び込まれた筏木の集まる港として栄え、里人たちがこの筏木を海岸に寄せ、あるいは浜揚げをしながら声をそろえてこの唄を謡った情景がしのばれます。

時に治承四年、源頼朝が鶴岡八幡宮を造営の際、また建久二年の再建の際にもその御用材は、伊勢から海上を運ばれて和賀江(材木座海岸)に陸揚げされておりました。陸揚げされた御用材は、人夫達により若宮大路から鶴岡八幡宮の境内へとこの謡声勇ましく運ばれていました。

天王唄は、現鎌倉の材木座が和賀といわれた頃(約八百年前)の鎌倉時代から土地の人々によって愛誦されてきました。

目出度めでたの 若松様よ
枝も栄えて 葉も繁る

相州鎌倉 八幡様の
銀杏が見えます ほのぼのと

潮にもまれて あとひと流し
筏載せたや 和賀の茶屋

伊勢の鳥羽から 朝山まいて
晩にゃ下田か 和賀の浦

飯島湊に かかろじゃないか
おたせ見たさの 潮がかり

来たらご覧よ 諏訪社の神輿
八咫の鏡に 八咫烏

花が見事な 桐谷桜
八重と一重の 乱れ咲き

おたせばかりにゃ 取らせちゃおかぬ
わしも出てとる とも綱を

祝いますぞえ 氏神様よ
氏子栄えて 宮繁る

宮を朝出て 八丁を廻る
八丁の氏子は 出て拝む

わたしゃ鎌倉 荒浜育ち
波も荒けりゃ 気も荒い

(代表的な唄 十五選)

咲いて見事な 小田原つつじ
もとは箱根の 山つつじ

水の流れは 止めよで止まる
止めて止まらぬ 恋の道

金毘羅さんに 燈火がともる
和賀に出入りの 船しるべ

男伊達なら 両国橋の
水の流れを 止めてみな

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